風 吹いてゐる
木 立ってゐる
ああ こんなよる 立っていゐのね 木
風 吹いてゐいる 木 立ってゐる 音がす
る
よふけの ひとりの 浴室の
せっけんの泡 かにみたいに吐きだす にが
いあそび
ぬるいお湯
なめくぢ 匍ってゐる
浴室のぬれたタイルを
ああ こんなよる
匍ってゐるのね なめくぢ
おまへに塩をかけてやる
するとおまへは ゐなくなるくせに そこに
ゐる
おそろしさとは
ゐることかしら
ゐないことかしら
また 春がきて また 風が 吹いてゐ
るのに
葦間の女人
月が出て
水にひろがる
青い葦間に
蛍とぶ
葦間の女人
水を出て
月の光に濡れて立つ
葦間の女人
髪ながし
水浴女人 堀口大學
鉛筆の下書きに色鉛筆と水彩、墨汁で描いた絵です。
葦間の女人
黄昏て
きらめく水に影うつす
葦間にひとり
膝つきて
葦間の女人
夢かとも
薄ら明りに匂ひ咲く
葦間の風の
鈴が鳴る
葦間の女人
日が暮れて
裸形ひとしほ色白く
葦間の間に
ほの見ゆる
わたしはなめくぢの塩づけ わたしはゐ
ない
どこにも ゐない
わたしはきっと せっけんの泡に埋もれて
流れてしまったの
ああ こんなよる
無題 吉原幸子